8 憲法・諸法典の編纂


ダウンロード
NO8 憲法制定.pdf
PDFファイル 636.0 KB

NO8 憲法制定

 立憲体制への準備

立憲政治は、 政治参加の機会を保障して国民の合意を形成する ところに最大の効用があり、急速な近代化のために国民負担の増大が不可欠である限り、その導入は不可欠の改革だった。明治政府は、民権運動の圧力に攻しながら議会開設に向けた準備を本格化させていった。

憲法草案の準備

 明治十四年の政変以降、政府は、憲法制定・議会開設に向けた準備を本格化させた。

1882年に渡欧して シュタイン (ウィーン大)・ グナイスト (ベルリン大)から学んだ伊藤博文は、1880年代半ばから、ドイツ人顧問 ロエスレル の助言を得て→【 井上毅 伊東巳代治 金子堅太郎 らとともに憲法草案の起草に着手した。

1888→憲法草案を天皇の諮問機関として設置された→ 枢密院 で最終審議され、翌1899年、それは→ 大日本帝国憲法 として発布された。あわせて衆議院議員選挙法・→ 皇室典範 なども定められた。

国家体制の整備


 1884、公・侯・伯・子・男の爵位を明確にした 華族令 が定められ、旧大名・上層公家に加えて維新の功臣にも爵位が授与された。これは、将来の上院(貴族院)の選出母体を明確にしようとする措置だった。

 続いて1885年、従来の太政官制を廃止して→ 内閣制度 が創設された。これにより成立した第1次伊藤博文内閣は、閣僚10人中、旧薩摩藩・旧長州藩出身者がともに4人ずづを占める藩閥内閣となっている。

総理:伊藤博文(長州)外務: 井上馨 (長州)

文部: 森有礼 (薩摩)

内務:山県有朋(長州) 農商務:谷干城(土佐)
大蔵:松方正義(薩摩) 逓信大臣: 榎本武揚 (幕臣)

陸軍:大山巌(薩摩)  海軍大臣:西郷従道(薩摩)
司法:山田顕義(長州)【現日本大学の創始者】

内閣制度


内閣制度

宮中を政治から切り離すため宮内省の閣外化、⒝ 内大臣の新設が実施され、制度的には 宮中 府中 行政府 の別が明らかにされた。

内大臣1885年、内閣制度創設にあたり、 天皇の常時補佐役 として宮中に新設された。

初代内大臣→ 三条実美

⒝ 地方制度

ドイツ人顧問 モッセ の助言を得ながら内相 山県有朋 を中心にして再編成が勧められ、1888年に【 市制 町村制 】が、90年に【 府県制 郡制 】が公布された。

③ 諸法典の編纂

大日本帝国憲法と同時に公布された衆議院議員選挙法では、 直接国税(地租・所得税)15円以上を納入する満25歳以上の男性 を選挙人とする制限選挙が採用された。

 また、刑法などの諸法典の整備も進行し、日本は1890年代に近代的な法治国家としての体裁を整えた。

 なお、1890年に公布された民法(ボアソナード民法)については、フランスをモデルとした自由主義的な内容をもつものであったため、その賛否をめぐり法学者の間で激しい論争が展開された( 民法典論争 、民法反対派→ 穂積八束 、民法施行派→ 梅謙次郎 )。このため民法の施行は延長され、1896年と1898年に、 戸主と長男の権限の強い伝統的な家制度 を存続させた修正民法が公布された。


明治憲法体制

天皇大権と宮中・府中の別

 宮中・府中の別により、天皇大権を保持している天皇は、原則的に、みずからの政治的意思を日常の政治運営の場に持ち込まない存在とされた。このため、大日本帝国憲法体制下では、日本の国家的決定はすべて天皇の名でなされるものの、その 実質的な決定権は諸国家機関がそれぞれの役割に応じて掌握 することになった。

分権的体質

 大日本帝国憲法体制は、諸国家機関のあいだで生じた矛盾や対立を調整・解決していく制度上のメカニズムを有していなかった。とりわけ1920年代以降、この分権的体質が顕著になっていく。

統帥権の独立

 統帥権とは、軍の作戦・用兵などを指揮する権限をいう。明治憲法に「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」(第11条)と規定された統帥権は、天皇の大権事項の一つとされ、天皇と陸海軍を直結させていた( 統帥権の独立 )。

 一方で大日本帝国憲法体制下の天皇は、その政治的権限を先頭に立って行使しないこと(宮中・府中の別)を原則としていたため、結果として、この統帥権の独立は、統帥事項(軍の作戦・用兵など=軍令事項)を統轄した 参謀本部海軍軍令部 内閣や議会の関与を許さずに行動するための根拠になっていった。

帝国議会の構成

 1890年に大日本帝国憲法とその付属諸法令にもとづいて発足した帝国議会は、衆議院と貴族院で構成され、衆議院に予算先議権が与えられる点を除き、両院は対等とされた。

 衆議院は公選された議員で組織され、貴族院は皇族議員・華族議員・ 勅任 議員(勅選議員・多額納税者議員の総称)で構成されるものと定められた。

⒜ 貴族院

衆議院の政党勢力に対抗することを意図して組織されたという性格が強かったが、政府と衆議院の多数党との提携が進むにつれ、次第に反政府的言動をとることが多くなっていった。

⒝ 多額納税者議員

 各府県において,多額の直接国税を納める者のなかから互選によって選出された貴族院議員(当初は各府県1名ずつ選出)議員としての活動が低調だったことに加えて、各地域の地主層や商工業者から選出されたため、しばしば金持ち議員として批判の対象とされた。

⑤ 帝国議会の権限

 帝国議会(衆議院・貴族院)の主要権限は、法律案・予算案に対する審議・認定権だった。それらの最終決定権も天皇の大権事項に属するといってよいものだったが、実際には、議会の決定を天皇が否認したケースは一度もなく、議会は、実質的に法律・予算の決定権をほぼ掌 することになった。」


史料研究 大日本帝国憲法

●大日本帝国憲法(法令全書)
第一章 天皇

第一条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第二条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス

第三条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第四条 天皇ハ国ノ
元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之

  ヲ行フ
第五条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第八条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ

  帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
第十一条 
天皇ハ陸海軍ヲ統帥
第十二条 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
第十三条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス

第十四条 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス

第二章      臣民権利義務

第二十条  日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役 ノ義務ヲ有ス

第二十一条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税 ノ義務ヲ有ス

第二十八条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於信教ノ自由ヲ有ス
第二十九条 日本臣民ハ
法律ノ節囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自
由ヲ有ス
第三章 帝国議会

第三十三条 帝国議会ハ貴族院、衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス

第三十七条 凡テ法律ハ帝国議会ノ 協賛 経ルヲ要ス
第四章 国務大臣及枢密顧問

第五十五条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス

第五十六条 枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応エ重要ノ

国務ヲ審議ス

第五章 司法
第五十七条 司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ

 第六章 会計

第六十四条 国家ノ歳出歳入ハ毎年予算ヲ以テ帝国議会ノ 協賛 ヲ経ベシ

第六十五条 予算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ

第七十一条 帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ

府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ

 


近代8 憲法制定のPOINT

憲法制定では、伊藤博文のヨーロッパ派遣と、帰国後に憲法制定に関わった人物、枢密院が頻出事項。憲法の内容では天皇大権が出題の要。憲法制定にともなう内政改革は華族令・内閣制度、地方制度改革では山県有朋モッセがポイント。市制・町村制、府県制・郡制は内容よりも年代が狙われる。諸法典の編纂は民法典論争が頻出テーマ。


 

 

52 廃藩置県後の地方制度 慶應(経済)2008

 廃藩置県後、政府は旧来の町村区画を否定して( a )を定めた。その後、郡区町村編成法・府県会規則・地方税規則の三新法の制定によって地方制度が全国で統一的に整備されていった。さらに、1888年には( b )、1890年には( c )が制定され、政府の強い統制のもとで地域の有力者による、制限的な地方自治制度が成立した。

 

問1 上の文章中の空欄⒜〜⒞を補うのにもっとも適切な語句の組み合わせを次の1〜6のなかから選びなさい。

 

市制・町村制

市制・町村制

府県制・郡制

府県制・郡制

大区・小区制

大区・小区制

大区・小区制

府県制・郡制

市制・町村制

大区・小区制

市制・町村制

府県制・郡制

府県制・郡制

大区・小区制

大区・小区制

市制・町村制

府県制・郡制

市制・町村制

正解→初めは⒜大区・小区制、⒝市制・町村制、ラストが⒞府県制・郡制、従って5が正解。

 

53 大日本帝国憲法(史料) 早稲田(政経)2016

次の史料【史料1】〜【史料3】を読み、下記の問いABに答えよ。

【史料1】

1条 大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す

第5条 天皇は帝国議会の「 1 」を以て立法権を行ふ

20条 日本臣民は法律の定める所に従ひ( あ )の義務を有す

21条 日本臣民は法律の定める所に従ひ( い )の義務を有す

28条 日本臣民は安寧秩序を妨けす及臣民たるの義務に背かさる限に於て「 う 」の自由

    を有す

29条 日本臣民は法律の範囲内に於て「 え 」著作印行「 お 」及「 か 」の自由を有す

33条 衆議院は選挙法の定むる所に依り公選せられたる議員を以て組織す

37条 凡て法律は帝国議会の「 1 」経るを要す

64条 ①国家の歳出歳入は毎年予算を以て帝国議会の「 1 」を経へし

【史料2】

「憲法発布式を拝観すべき府下各新聞社員の総代十名を選定するため昨日日本橋の柳屋にて各社員1名宛集会し協議の末互選したる処時事より津田興二、報知より箕浦勝人、日報(東京日日)より関直彦、毎日より肥塚竜、読売より( き )、(く)日本より福本誠、改進より枝元長辰、東京公論より村山竜平、東京新報より朝比奈知泉の九氏と及び本社の吉田嘉六が参観することと相成りたり」(朝野新聞)

【史料3】

 第2章 選挙人の資格

 第6条 選挙人は左の資格を備ふることを要す

  第1 日本臣民の男子にて年齢満( け )歳以上の者 

  第2 (略)

  第3 選挙人名簿調製の期日より前満1年以上其の府県内に於て直接国税( こ )円以

     上を納め仍引続き納むる者

     但し所得税に付ては人名簿調製の期日より前満3年以上納め仍引続き納むる者

     に限る

 第8条 被選人たることを得る者は日本臣民の男子満( さ )歳以上にして選挙人名簿調

     製の期日より前満1年以上其の選挙府県に於て直接国税( こ )円以上を納め仍

     引続き納むる者たるへし

     但し所得税に付ては人名簿調製の期日より前満3年以上之を納め仍引続き納む

     る者に限る

A 下記の問い⑴〜⑻の答えを⒜〜⒠から選びなさい。

 ⑴ 【史料1】を発布した時の内閣総理大臣は誰か。

 ⒜伊藤博文 ⒝黒田清隆 ⒞山県有朋 ⒟松方正義 ⒠井上馨

正解→⒝黒田清隆、定番の答え、伊藤博文ではないよ。

 

 ⑵ 【史料1】と同時に制定されたものは何か。

  ⒜内閣制度 ⒝刑法・治罪法 ⒞皇室典範 ⒟府県制・郡制 ⒠明治民法

正解→⒞皇室典範、教科書に書いてある。

 

 ⑶ 【史料1】の「あ」と「い」に、臣民の義務が明記されている。正しい組合せはどれか。

  ⒜納税と勤労 ⒝納税と教育 ⒞兵役と勤労 ⒟兵役と納税 ⒠教育と勤労

正解→⒟兵役と納税、もう一つは教育。三大義務である。兵役がキーワード、勤労ではおかしい。

 ⑷ 【史料1】の「う」「え」「お」「か」みは、いくつかの制限があるが臣民の「自由」

  が列記されている。【史料1】で明記されなかった「自由」は何か。

正解→e 学問 →天皇主権の時代に学問の自由はない。

 ⑸ 【史料2】に示されるように、10名の新聞記者が参列を許された。

  「き」は、【史料1】の発布前、「国会問答」を連載した『読売』の主筆である。その

  人物は、立憲改進党の創設に加わり、衆議院議員を経て「 2 」議員となり、第2次大

  隈内閣で文部大臣に就任した。その人物は誰か。

正解→(e)高田早苗 →早稲田大初代学長である。受験生はここでしっかりチェック。

 ⑹ 【史料2】の下線部(く)は、【史料1】が発布された年に発刊され、「国民精神の回

  復発揚を以て自ら任す」(発刊の辞)と宣言、欧化政策に反対し、明治中期の政界や思

  想界に影響を及ぼした。この創刊者は誰か。

正解→d 陸羯南

 ⑺ 【史料3】の( け )()()の順に入る数字で、正しい組合せはどれか。

 ⒜ 251525 ⒝ 251530 ⒞ 252025 ⒟ 252030 ⒠ 301530

正解→b 251530

 ⑻ 【史料3】は、制定された直後から改正の政治的動きが始まり、制定10年を経た1900年に大きく改正された。その時の改正の内容を示す記述はどれか。

 ⒜ 選挙権と被選挙権の納税要件は直接国税5円となった。

 ⒝ 選挙区は、大選挙区から小選挙区となった。

 ⒞ 被選挙権の納税要件はなくなり秘密投票となった。

 ⒟ 選挙権と被選挙権の納税要件はなくなった。

 ⒠ 選挙権と被選挙権が女性に認められた。

正解→あきらかに違うのがadeの消去法。8 c 納税額は撤廃された。秘密投票は教科書の記述はない。難問である

B 下記の問い⑴〜⑶の答えを記せ。

 ⑴ 【史料1】の政治的特質を明確にする「 1 」に入る語はな何か。

正解→協賛

  ⑵ 【史料1】の草案を審議するために設置された機関は、その後天皇の最高諮問機関となり、政治的に大きな影響を持ち続けたが、第2次大戦後、日本国憲法草案の審議を最後に廃止された。その機関名は何か。

正解→枢密院

 ⑶ 【史料1】の「 2 」議員には、皇族議員、華族議員、多額納税議員とともに、国家に勲功があって学識がある人物が内閣の推薦で選ばれた。任期は終身で、議会開設当初は60人程度、金子堅太郎、渋沢栄一などが選ばれている。その議員は何と称されたか。

正解→勅任議員 教科書284㌻脚注参照 やるね!早稲田政経学部。ここを出題とはいいね!盲点。

 

54 大日本帝国憲法 早稲田(商)2007

立憲国家の基礎として1889年に発布された大日本帝国憲法は、天皇が定め国民に下し与えた【 イ 】であった。大日本帝国憲法制定以前に、民間では憲法私案の作成が盛んに行われ、主権在民を説くもののほか、イギリス的な議会制度や議院内閣制等を規定する交詢社の私擬憲法案、【 ロ 】が起草者といわれ、国民主権や広範な人権保障のみならず国民の抵抗権・革命権まで規定する東洋大日本国国憲按、さらには天皇の廃位にまで言及するものまで登場した。しかし、明治十四年の政変により伊藤博文らを中心とする薩長藩閥政権が確立すると、伊藤らはプロイセンにならって君主権の強い立憲君主制の樹立を目指したことから、大日本帝国憲法は、一方では、天皇を国家の元首として【 ハ 】を総覧するものと位置づけたうえで、天皇が文武官の任免権限や宣戦・講和を行い、条約を締結する権限を有すること、陸海軍を統帥すること等を定めて、強力な天皇大権を規定していた。もっとも、大日本帝国憲法は、天皇が【 ハ 】の総覧を憲法の条規により行うものと定めていたこともあって、その後、天皇機関説が提唱される余地を残していたが、同憲法上、天皇の権限が強大であったことも事実であった。現に、大日本帝国憲法の下では、陸海軍の統帥権が内閣からも軍政機関からも独立して天皇に帰属するものとされ、天皇には陸海軍の編制および常備兵額を決定する編制大権が認められていた。また、参謀総長、【 ニ 】総長、陸海軍大臣には帷幄上奏権が認められ、軍部による政治介入の足がかりを作ることとなった。

 他方で、大日本帝国憲法は、立法機関として帝国議会を設置した。帝国議会は、華族の互選により選出される議員や天皇の任命する勅選議員等で構成される貴族院と国民の選挙で選ばれた議員により構成される衆議院から成っていたが、衆議院が予算先議権を有すること以外は、衆議院と貴族院は対等の関係とされていたため、衆議院の権限は貴族院により制約されることとなったといわれている。しかし、予算や法律は両院の同意がなければ成立しなかったため、そのような憲法上の枠組みが、政党が政治的影響力を増大する制度的背景となった。また、日本臣民の信教の自由や言論・集会結社の自由が、法律の範囲内という制約こそあれ憲法上保障されたことも手伝って、後の大正デモクラシーの醸成を可能にしたともいわれている。

A 空欄【イ】に該当する語句を漢字で記せ。正解→欽定憲法

B 空欄【ロ】に該当する人名を漢字で記せ。正解→植木枝盛

C 空欄【ハ】に該当する語句を漢字で記せ。正解→統治権

D 空欄【ニ】に該当する語句を漢字で記せ。正解→軍令部

E 下線部ホに関連して、日本最初の衆議院議員選挙が行われた年を、西暦表示で記せ。

正解→1890

 

55 大日本帝国憲法 慶應(経済)2017

(1)次の史料acは、私擬憲法もしくは大日本帝国憲法から抜粋したものである。ただし、植木案とはを、交詢社案とは交詢社「私考憲法草案」を指す。下の1〜6の組み合わせのうち、適切なものを選び番号で答えなさい。

a

 第三条 天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ

 第三三条 帝国議会ハ貴族院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス

b

 第七条 内閣ハ、各省長官及ビ内閣顧問ヲ以テ之ヲ組成ス。但、左院若シクハ右院ノ議院ニ列セザルモノハ内閣宰相タルヲ得ズ。

c

 第七二条 政府恣ニ国憲に背キ、擅ニ人民ノ自由権利ヲ残害シ、建国ノ旨趣ヲ妨グルトキハ、日本国民ハ之ヲ覆滅シテ新政府ヲ建設スルコトヲ得。

 第一一七条 日本聯邦ノ法律制度ハ、聯邦立法院ニ於テ立定ス。

 

1 a—植木案  b−交詢社案  c—帝国憲法

2 a—植木案  b—帝国憲法  c—交詢社案

3 a—交詢社案 b—植木案   c—帝国憲法

4 a—交詢社案 b—帝国憲法  c—植木案

5 a—帝国憲法 b—植木案   c—交詢社案

6 a—帝国憲法 b—交詢社案  c—植木案

 

【解答と解説】

a=帝国憲法は猫問の部類、問題はbだが、cを見ると【覆滅シテ新政府ヲ建設スルコトヲ得】革命権が書いてあるので、bが交詢社案だとわかるだろう。山川の教科書では「交詢社案は、議院内閣制と国務大臣連帯責任制を定めたもの」としか書いてないので、新詳説日本史の交詢社案と植木枝盛「東洋大日本国国憲按」をあげておきたい。

 

 

(2)大日本帝国憲法に関する次の1〜4の文章の中から、誤りを含む文章を1つ選びなさい。

 

1 伊藤博文は、明治十四年の政変後、憲法調査のためにヨーロッパに赴き、ベルリン大学

 のグナイスト、ウィーン大学のシュタインらからドイツ流の憲法理論を学んだ。

2 政府の憲法草案は、ロエスレルらの助言にしたがって、交詢社案をたたき台にして伊藤

 博文、井上毅らが起草し、内閣の諮問機関である枢密院で審議された。

3 帝国憲法は、天皇が定めて国民に与える欽定憲法だったが、千葉卓三郎らの五日市憲法

 草案や植木枝盛の東洋大日本国国憲按も立憲君主制をとるものだった。

4 帝国憲法では、陸海軍の統帥権は、内閣からも独立して天皇に直属するものとされ、ま

 た国務大臣は、議会にではなく天皇に対してのみ責任を負うものとされた。

 

【解答と解説】

2が誤文。【交詢社案をたたき台】が誤り、ベルリン大学のグナイスト、ウィーン大学のシ

ュタインらからドイツ流の憲法理論を学んだのである。憲法制度取締局が設けられ長官伊藤博文、井上毅、伊東巳代治、金子堅太郎らがたたき台を作成した。実際はかなり井上毅がリードしていて、伊藤博文は焦っていたといわれる。

 

56 明治期の法制度 慶應(経済)2008

 明治期の法制度について述べた次の1〜4の文章のなかから誤りを含む文章を1つ選びなさい。

1 政府はフランスの法学者ボアソナードらを招き、憲法に先行して近代的な罪刑法定主義

 を採用した刑法と治罪法を公布した。刑法には、天皇や皇族に対する大逆罪・不敬罪を厳

 罰とする規定が設けられた。

2 大日本帝国憲法制定後に民法が公布されたが、日本の伝統的な倫理が破壊されるという

 批判が起こり、修正を前提に施行延期となり、戸主権や家督相続制度など家父長的な家の

 制度を取り入れた新しい民法が公布された。

3 大日本帝国憲法制定を受けて華族令が公布され、旧上層公家・大名、維新の功臣に対し

 て公・候・伯・子・男の爵位が設けられた。貴族院議員は華族から互選によって選出され

 た。

4 大日本帝国憲法では、臣民権利として移動の自由、通信の秘密、財産権の保障、言論の

 自由、集会・結社の自由が認められていたが、同時に政府が法律に基づいて権利を制限す

 ることも認めていた。

 

解答と解説

3が誤文。貴族院は皇族と世襲もしくは互選により選出される華族の議員と天皇が任命する勅任議員からなり、勅任議員は勅選議員と各府県1人の多額納税者議員とから構成された。【貴族院議員は華族から互選によって選出される】のではない。教科書284㌻脚注❹は、見落としがちな箇所なので注意したい。

 

57 大日本帝国憲法 早稲田(教育)2009

 1881年の国会開設の勅諭が出された翌年、伊藤博文はヨーロッパに留学してプロイセンの憲法を学び、帰国後ロエスレルを顧問として、【 1 】・【 2 】・【 3 】とともに憲法草案の起草に着手した。草案は1888年に設置された【 A 】で審議され、成案を得て、1889年2月11日、欽定憲法として大日本帝国憲法が発布された。

 帝国憲法において、天皇は国家の元首であり、統治権を総覧するものとされた。ただし、それは【 4 】にもとづかなければならないこととなった(第四条)。また、天皇は帝国議会の協賛をもって立法権を行使し(第五条)、【 5 】の補弼をもって行政権を行使し(第五十五条)、司法権は裁判所が天皇の名をもっておこなうこととされた。

 さらに、天皇が議会の協賛なしに執行できる広汎な大権事項が規定された。すなわち、法律の裁可・公布・執行(第六条)、帝国議会の召集・開会・閉会・停会と衆議院の解散(第七条)、a緊急勅令の発布(第八条)、陸海軍の【 B 】(第十一条)、宣戦・講和や条約の締結(第十三条)b戒厳の宣告(第十四条)などが、天皇の専権事項とされたのである。

 帝国議会はほぼ対等の権限をもつ衆議院と貴族院からなり、衆議院の立法権の行使は、c皇族・華族および勅任議員からなる貴族院によって制約された。

 

問1 空欄【 A 】【 B 】に該当する語を漢字で記入せよ。

A→枢密院 B→統帥権

問2 空欄【 1 】【 2 】【 3 】に該当する人物3人を選べ。

1→伊東巳代治・井上毅・金子堅太郎

問3 空欄【 4 】に該当するものはどれか。

ア 議会の承認 イ 議会の協賛 ウ 内閣の承認 エ 内閣の補弼 オ 憲法の条規

4→オ、憲法の条規

問4 空欄【 5 】に該当するものはどれか。

 ア 総理大臣  イ 内閣  ウ 元老  エ 国務各大臣  オ 内大臣

5→国務各大臣

問5 下線部aの緊急勅令が発布されたのは、次のうちどの場合か。(まだやっていないが)

 ア 1910年の大逆事件  イ 1927年の金融恐慌時の若槻内閣による台湾銀行の救済

 ウ 1928年の治安維持法改正 エ 1930年の金輸出解禁  オ 1939年の国民徴用令

正解→ウ、治安維持法改正である。頻出!

問6 下線部bの戒厳の宣告は、第十四条にもとづく場合のほかに第八条にもとづく場合があるが、いずれにせよ、戒厳が宣告され実施されたケースをすべて選べ。 

 ア 日比谷焼き打ち事件 イ シーメンス事件  ウ 米騒動

 エ 関東大震災     オ 五・一五事件

正解→ア・エ

問7 下線部cの貴族院に属さなかった首相経験者は、次のうち誰か。

 ア 伊藤博文 イ 大隈重信 ウ 西園寺公望 エ 高橋是清 オ 原敬

正解→オ、平民宰相原敬だね。

問8 次のうち、帝国憲法の規定として誤っているものがあれば、それを選べ。もし誤っているものがなければ、オを選べ。

 ア 天皇・皇族に対する犯罪として大逆罪・不敬罪が規定された。

 イ 言論・著作・集会・結社などの自由が規定されたが、それは法律の範囲内という制約

   の下においてであった。

 ウ 国民は「臣民」と呼ばれ、法律の定めるところに従い、兵役・納税の義務を負うもの

   とされた。

 エ 教育の権利・義務については規定されなかった。

正解→ア、大逆罪・不敬罪は刑法の規定である。