13 鎌倉幕府の滅亡

後嵯峨上皇の死後、皇統が分かれて対立

後醍醐天皇 平14-本 正誤組合せ

後醍醐天皇は討幕の計画を進めた。後醍醐天皇の皇子【ア】や河内の楠木正成も、討幕の兵を挙げて、幕府軍を大いに悩ませた。その間に諸国でも幕府への反乱があいつぎ、鎌倉も攻略されて、得宗北条高時や幕府の実権を握ってきた内管領【イ】は滅ぼされるのである。

空欄【ア】【イ】に入る人物の組合せとして正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

 ① ア 護良親王  イ 高師直   ② ア 護良親王  イ 長崎高資

 ③ ア 宗尊親王  イ 高師直   ④ ア 宗尊親王  イ 長崎高資

正解護良と長崎高資、正解は②猫問だね。

 

後醍醐天皇 平14-本② 正誤問題

後醍醐天皇について述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

① 後醍醐天皇は、天皇親政を開始し、記録所を再興した。

② 後醍醐天皇は、幕府に捕えられて隠岐に流された。

③ 後醍醐天皇は、有職故実の書である『職原抄』を著した。

④ 後醍醐天皇は、綸旨によって土地所有権が確認されると定めた。

正解後醍醐天皇が著したのは『建武年間行事』、『職原抄』は北畠親房。正解は③.

 

建武の新政 平19-本

建武政権に関して述べた次の文XZについて、その正誤の組合せとして正しいものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

 X この政権で、記録所がはじめて設置された。

 Y この政権が置いた雑訴決断所は、所領関係の裁判を扱った。

 Z この政権の樹立後も、それまでの守護制度が廃止されることはなかった。

 ① X 正 Y 正 Z 誤  ② X 正 Y 誤 Z 誤

 ③ X 誤 Y 正 Z 正  ④ X 誤 Y 誤 Z 正

正解

 

室町幕府成立期の事件 2001-追

鎌倉時代末から南北朝時代に起きた次の事件Ⅰ~Ⅲについて、古いものから年代順に正しく配列したものを、下の①~⑥のうちから一つ選べ。

   Ⅰ 元弘の変  Ⅱ 観応の擾乱  Ⅲ 中先代の乱

 ① Ⅰ-Ⅱ-Ⅲ  ② Ⅰ-Ⅲ-Ⅱ  ③ Ⅱ-Ⅰ-Ⅲ

 ④ Ⅱ-Ⅲ-Ⅰ  ⑤ Ⅲ-Ⅰ-Ⅱ  ⑥ Ⅲ-Ⅱ-Ⅰ 

正解

 

鎌倉幕府滅亡パネル 文章を読みながらパネルに書いてしっかり確認!

元寇のあと、畿内では幕府に不満を持つ悪党が出現、畿内の治安を乱した。後醍醐天皇は強力な親政を目指していた。二度に渡る討幕計画が失敗後醍醐天皇は【隠岐】に配流する。しかし、そこからが不撓不屈の真骨頂。【護良】親王や楠木正成らを擁して幕府と戦うのだ。反北条派の御家人【新田義貞】が北条高時を滅ぼす、内管領【長崎高資】は要注意。後醍醐天皇の建武の新政は、【綸旨】絶対主義で反発を買い、所領の争いは雑訴決断所】で裁き、政務の中心機関が記録所】もよく出るね。史料『二条河原落書』は教科書でチェック。

 

南北朝の動乱 2003-本 正

南北朝の動乱について説明した文として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

① この動乱の時代、武家社会では、しだいに分割相続が一般化していった。

② この動乱の時代、さかんに荘園が寄進され、荘園公領制が成立した。

③ 足利義満は、雑訴決断所を設置し、この動乱で激増した訴訟に対処した。

④ 足利義満は、南朝と北朝の合体を実現し、この動乱を終息させた。

正解逆、単独相続に移行、荘園公領制は院政期、雑訴決断所は後醍醐、正解は④

 

南北朝の始まり

後醍醐の独裁に不満な武士たちの決起。尊氏は自分の正統性を担保するため【持明院】統の【光明】天皇を立て、尊氏自身が征夷大将軍になり室町幕府を開いた。後醍醐天皇いったんは降伏するがその後吉野に逃れ南朝の正統性を主張することになる。尊氏の政権は北朝とよばれ長い南北朝が始まる。南朝方は新田貞義・北畠顕家といった腹心が相次いで戦死し、後醍醐天皇も1339年に没、圧倒的に不利な状況に。南朝の重臣北畠親房が後醍醐天皇死去の報に接して、【常陸】の小田城で『神皇正統記』を著し後村上天皇に献上した歴史書、私大ではよく出るから注意。しかし、征西将軍【懐良】親王(後醍醐天皇の皇子)が一時九州地方を制圧し、関東でも【北畠親房】が抗戦、以後60年内乱は続く。尊氏政権は途中、文治派足利直義と武断派尊氏の執事=ばさら大名こと【高師直】との対立観応の擾乱】があった。

南北朝の動乱が長期化した背景 東大2003

山川116ページ「このように、動乱が長引いて全国化した背景には、すでに鎌倉時代後期ころからはじまっていた【惣領制】の解体があった。このころ武家社会では本家と分家が独立し、それぞれ家のなかでは【嫡子】が全部の所領を相続して、庶子は嫡子に従属する単独相続が一般的になった。こうした変化は各地の武士団内部に分裂と対立を引きおこし、一方が北朝につけば反対派は南朝につくという形で、動乱を拡大させることになった。この変化は血縁的結合を主とした地方武士団が、【地縁的】結合を重視するようになっていくことでもあった」

 

守護の勢力拡大

守護権限の拡大 2003-本

次の文章を読み、空欄【ア】【イ】に入る語句の組合せとして正しいものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

鎌倉時代における守護の権限は、原則として【ア】に限定されていた。しかし、鎌倉末期に刈田狼籍の取締りが加えられたのをはじめ、守護の権限はしだいに拡大されていった。

この傾向は南北朝の時代を通して一層強まり、室町幕府は【イ】も守護の権限に加え、さらに半済令によって、守護が荘園・年貢の半分を兵粮米として徴収することを認めた。

 ① ア 新恩給与  イ 使節遵行   ② ア 大犯三カ条  イ 使節遵行

 ③ ア 新恩給与  イ 徳政     ④ ア 大犯三カ条  イ 徳政

正解

国人と守護領国制 2003-本

室町時代の守護の権限や国人との関係について説明した文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

① 守護が吸収した権限のなかには、それまで諸国の国衙がもっていた機能も含まれている。

② 守護は、守護請によって、荘園や公領における年貢の徴収を請け負うようになった。

③ 国人は、しだいに地縁より血縁で結合し、惣領を通して守護に組織されるようになった。

④ 国人のなかには、国人一揆を結成して、守護の支配に抵抗する者もあった。

正解血縁では庶子は貧しい、地縁で結合だね、だから打算的な国人はあっちについたりこっちについたりして南北朝動乱は長引いた。正解は③