幕藩体制 2001-本 正誤

江戸時代の幕府や藩について述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

① 多くの藩では、地方知行制は廃止されていった。

② 大名は、財政窮乏に際して、家臣に対し半知の手段をとることがあった。

③ 幕府評定所は、将軍・三奉行などで構成された。

④ 幕府は、天保改革期に上地令を出したが、反対にあって撤回した。

正解幕府の評定所に将軍は入らない。正解は③

 

江戸時代の大名統制 2003-追 正誤

江戸時代の大名と幕府の関係について述べた文として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

① 関ヶ原の戦い以後に徳川氏に従った大名は譜代大名とよばれる。

② 大名は領民の数に応じて、将軍への軍役をつとめた。

③ 徳川秀忠は武家諸法度を改訂して、大名に参勤交代を義務づけた。

④ 幕府は改易・減封・転封を行って、大名を統制した。

正解

STAGE1年表

将軍

国内

家康

1600関が原の戦い起こる

東軍家康、福島正則など

西軍石田三成、小西行長など

 

1603 征夷大将軍就任江戸幕府成立

秀忠

1605 将軍職を秀忠に譲る

家康、大御所として君臨

1612 直轄領に禁教令を発布

1613 全国に禁教令発布

1615 大坂夏の陣で豊臣秀頼滅ぼす

 

ポイント

大老・老中・若年寄など将軍直属の重職は、御三家などの親藩や外様大名ではなく、譜代大名が就任したことが出題ポイントだ。

大名統制のポイント

武家諸法度を定めて、違反者には【改易】(領地没収)【減封】(領地削減)【転封】(領地替え)などの処分。センターでは、2代将軍秀忠と3代家光の武家諸法度の違いが頻出。

 

 

●江戸幕府の朝廷・寺社政策

【模試2007

江戸時代における幕府と朝廷について述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

    幕府と朝廷の連絡は、公家の中から幕府が任命した武家伝奏が担当した。

    幕府は朝廷の統制のために、京都守護を設置した。

    禁中並公家諸法度で、天皇は学問を修めることができなかった。

    武家の官位の授与には、幕府の承諾が必要になった。

②京都守護は1185年に設置された鎌倉幕府の機関である。武家の官位はすべて幕府が決定し、天皇は決定に従った。

 

江戸時代の朝幕関係2012 年 追

幕府と朝廷との関係に関して述べた次の文Ⅰ~Ⅲについて,古いものから年代順に正しく配列されたものを,下の①~⑥のうちから一つ選べ。

Ⅰ 後水尾天皇が事前に幕府と相談せず,徳川秀忠の孫の明正天皇に譲位した。

Ⅱ 光格天皇が実父に尊号を送りたいと望んだが,老中松平定信はこれを拒否し,関与

した公家を処罰した。

Ⅲ 新井白石の進言などにより,閑院宮家が創設された。

 

① Ⅰ-Ⅱ-Ⅲ ② Ⅰ-Ⅲ-Ⅱ ③ Ⅱ-Ⅰ-Ⅲ

④ Ⅱ-Ⅲ-Ⅰ ⑤ Ⅲ-Ⅰ-Ⅱ ⑥ Ⅲ-Ⅱ-Ⅰ