12 地方の反乱と武士の成長


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NOTE武士の出現

9世紀末から10世紀末にかけて地方政治が大きく変化していく中で、地方豪族や有力農民は、勢力を維持・拡大するために武装、各地で紛争が発生、その鎮圧のため政府から

押領使・追捕使に任じられた中下級貴族の中には、そのまま在庁官人などになって現地に残り有力な武士(兵)となるものが現われた。

開発領主(主人)は家子(同族)郎党(従者)を組織して武装集団を形成、東国は良馬の産地で機動力ある武士団が成長した。

         石清水八幡宮
         石清水八幡宮

承平・天慶の乱の結果、朝廷の軍事力の低下が明らかとなり、地方武士の組織はいっそう強化された。また、地方武士の実力を知った朝廷や貴族たちは、彼らを侍として奉仕させ、9世紀末に宮中警護を目的とし、清涼殿東庭北側の滝口に設けられた滝口の武者が詰所に置かれた。朱雀天皇の時代も記憶したい。

刀伊の来襲

藤原隆家は大宰権帥を兼務して来襲を撃退した。刀伊は高麗・対馬・壱岐を襲った後、九州北部に来襲した。

源氏の進出 系図を見ながら…

清和天皇の孫六孫王が臣籍降下して源経基を名乗った。

その子源満仲は摂津国多田荘に土着して✖安和の変で活躍、摂関家優遇

源頼信は藤原道長に仕え河内守となり✖平忠常の乱(上総)で鎮圧に活躍 

源氏東国進出の契機となった事件は丸暗記

源頼義は、陸奥守として子義家とともに✖前九年の役で安倍氏を滅ぼした。

義家は✖後三年の役で武家の棟梁の地位を固め、院の昇殿を許された。

TOPIC

清和天皇の嫡流である源氏一門は八幡大神様を氏神として尊崇し、その信奉の念は格別で全国各地に八幡大神様を勧請しました。源義家は石清水八幡宮で元服し自らを「八幡太郎義家」と名乗ったことは有名です。

源義親

110708年、義家の嫡男義親が九州の任地で略奪を働いたことにより追討を受けた追討使は平正盛

センター日本史問題を解くと、どこを覚えるかが見える

例題 2010年度センター 

武士が勢力を拡大する過程で起きた出来事を述べた次の文Ⅰ〜Ⅲについて、古いものから年代順に正しく配列したものを、下の①〜⑥のうちから一つ選べ。

Ⅰ 源頼信が、関東地方で起こった平忠常の乱を鎮圧した。

Ⅱ 源義朝が、京都での兵乱に東国の武士を動員した。

Ⅲ 源頼義が、前九年合戦に関東地方の武士を動員した。

   ① Ⅰ−Ⅱ−Ⅲ   ② Ⅰ−Ⅲ−Ⅱ   ③ Ⅱ−Ⅰ−Ⅲ

   ④ Ⅱ−Ⅲ−Ⅰ   ⑤ Ⅲ−Ⅰ−Ⅱ   ⑥ Ⅲ−Ⅱ−Ⅰ

 

受験生の苦手な分野。源さん平さんがいっぱい出てきて混乱するね。この問題は時代か。源氏の権力者が誰かを頭に入っていれば解ける問題だ。そのためには、系図をよく見ることです。左上の源氏略系図の人物名に、戦乱を書いてみることを勧める。満仲に➡安和の変というように。

Ⅰは平忠常の乱(102831)なので、11世紀前半。源頼信の子がⅢの源頼義です。Ⅱは源義朝が関わった保元・平治の乱で12世紀後半のこと。Ⅲは前九年の役(105162)で11世紀後半です。以上からⅠ➡Ⅲ➡Ⅱと解答したい。正解② 正答率58.0% (史料提供 日本史満点のコツ 鈴木和裕著)

駿台予備校:鈴木先生のこの本はセンターをよく分析している。

100点へのキーワード平安時代の武士の争乱は源氏・平氏の関係者で整理する!